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最高裁判所第一小法廷 昭和34年(オ)774号 判決 1961年3月09日

上告人 山田仙之凾

被上告人 小笠原テル

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人岩切清治の上告理由(1)について。

しかし婚姻予約に際し、不履行の場合を予想して慰藉料額を定めたからといつて、直ちに公序良俗に反するものでないことは原判示のとおりであるから(大審院大正六年九月六日判決、民録二三巻一三三一頁参照)、この点に関する論旨は理由がない。

また原判旨によれば、本件調停による慰藉料支払の約定は、厳格な意味で慰藉料の請求権があるか否かに拘らず、いわば婚姻予約解消の条件としてなされたものであることが窺える(原判決の引用する一審判決挙示の証拠に照し右判旨に首肯し得られなくはない)から、所論調停無効の論旨は、ひつきよう原判示に副わない事実を前提とするに帰じ採るを得ない。

同(2)について。

本件調停が、たとい上告人と被上告人との各代理人間において、あらかじめ妥結された案に基いて成立したものであつても、原判決(その引用する一審判決)の確定したところによれば、上告人は右案の線に沿つて調停を成立させることに同意をしたのであるから、これに基いてなされた所論調停が当然無効となるべきいわれはない。

またその際約束された支払額二六万円が、公序良俗に反する程のものとも考えられないから、所論調停を無効にしなければならぬ理由は認められない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高木常七 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫)

上告代理人岩切清治の上告理由

一、原審判決は判決に影響を及ぼすこと明なる法令の違背がある。

(1) 原判決(原審判決に第一審判決の理由を引用しているから原判決とは第一審判決を指す、以下同じ)その理由三の(一) において、「婚姻予約の際その不履行の場合を予想して予め慰藉料請求権並にその額を定めることによつて婚姻予約が公序良俗に反するようにはならないのみならず仮りに百歩を譲り原告主張のように婚姻予約が公序良俗に反する無効の法律行為であるとしても調停までも無効ならしめるいわれはないから原告のこの主張は理由がない」として排斥した。

併し婚姻が普通の商取引と相違する点は利害を離れ愛情によつて結ばれ偕老同穴の契りを結ぶという神聖なるべき点にある。婚姻予約を為すに際り、離婚を予想して、離婚の際における手切金又は慰藉料の額を予約するが如きは婚姻の神聖をけがすも甚しきものであつて、道徳的観念上許さるべきでない。斯る婚姻予約を公然認めることになれば婚姻本来の性質に反し、終始利害が伴う不純な取引と化するであろう。

現在婚姻予約不履行による慰藉料請求権が認められているのはその結果において認められるのであつて婚姻予約の際の特約を認容されているのではない。

従つて、婚姻予約に際し不履行を予期して慰藉料額を契約するが如き婚姻は明かに民法第九十条の公序良俗に反する無効の法律行為というべきである。

更に原審判決は前述の如くその後段で「仮りに百歩を譲り公序良俗に反する法律行為であるとしても調停までも無効ならしめるいわれはない」

と摘示されたが本件調停の申立は婚姻予約不履行を原因としての慰藉料請求である限りその前提において婚姻予約が有効であつてこそ初めて不履行の責任があるのであつて、予約自体無効の法律行為であれば履行、不履行の問題は生ずる余地はない。仮りに調停裁判所がその無効を探知し得す有効の婚姻予約と信じて調停が成立したとしてもその根本の問題(婚姻予約)が無効であれば調停も無効と観るべきが理の当然である。

(2) 原審判決理由三の(二)は、

「本件家事調停の申立は婚姻予約不履行を原因として被告が原告に対し慰藉料の請求を為していることを証人美座能就の証言により明かであるが、家事調停の場合は申立書に記載されている事実の範囲でその事実並に権利の有無を確定して権利のある場合のみ相手方に支払義務を認める調停を為すべきでこの反対にその権利のない場合は相手方に支払義務を課する調停をなしてはならない。これをなした場合は右調停は公序良俗に反し無効となると云うが如き法理はない。家事調停において申立書記載の事実並権利の有無を考へてみることが重要な事柄ではあることは勿論ではあるがこの外に本件の如く婚姻予約不履行を原因とする慰藉料の請求事件では双方の資産状態、生活能力、家族関係、健康状態、精神的打撃の強弱の程度、同棲生活期間その他あらゆる事情を考えて厳格な意味における慰藉料請求権に基く支払義務を認めると云うのでなく恩恵的乃至は生活扶助的な意味で当事者間の良識ある互譲による調停を成立せしめることが通常の場合であつてだからと云つて斯る調停が公序良俗に反し無効ということは出来ない。従つて本件の場合婚姻予約不履行の責が原告にあるか或は被告に右不履行に基く請求権が現在存在するかどうかに不拘本件調停は公序良俗に反し無効となるものではない」と説示されその要旨とするところは当事者の合意があれば裁判所が干渉すべきでなく、従つて公序良俗にも反しないという論旨のようである。

併しながら民事調停法第一条は「この法律は民事に関する紛争につき当事者の互譲により条理にかない実情に即した解決を図ることを目的とする」同法第十三条は「事件が性質上、調停するのに適当でないと認めるとき又は当事者が不当な目的でみだりに調停の申立をなしたと認めるときは調停をしないものとして事件を終了させることができる」同法第十四条中段以下において「又成立した合意が相当でないと認める場合において裁判所が第十七条の決定をしないときは調停が成立しないものとして事件を終了させることが出来る」と規定されてあり之れ明かに和解と同一視すべきでなく裁判所としては事件の性質を究明し公正妥当なる調停を期すへく示されているのである。

然るに本件の場合前以つて当事者間において、契約書を作成し之れを持参して、調停委員は之れを鵜呑みにし裁判官も之れを許可した丈で調停法第一条に謂ふ条理にかなつているか、実情に即しているかについては全然検討されていない。

本件は婚姻予約不履行を原因とする慰藉料請求であるから婚姻の動機、原因、婚姻予約同棲中の実情、家族の状況、資産状態等総有状況を当事者より聴取し、その真相を究めて然る後公正妥当なる一致点を見出すことこそ調停委員の任務とせねばならぬ。当事者の合意があれば事足れりとするならば和解調書を作成するのと同一で調停委員の必要は認められない。

仰々婚姻予約不履行による慰藉料請求権を法が認めるのは一生一度の夢である、円満なる家庭を築くべく出発した婚姻予約が中途において断たれて、一生を台無しにし、初婚の夢を破られた精神的打撃と再婚の困難に因る生活擁護を意味するものであるが、本件の如く、当事者が六十を超えた年令で御互に前途を夢見るのでもなく殊に被上告人は生活に窮し寺院に寄宿していた身分で同棲生活を初めたのである。普通の婚姻とは凡そその性質を異にしている。之れが仮りに上告人に予約不履行の責任がありとしても何の精神的打撃であろうか。如何なる意味の慰藉料かと云いたいが上告人が主張する通り、予約不履行の責任が被告人にあるので上告人にはその責任のない本件においては、被上告人に慰藉料請求権が存在しないことは明白である。

然るに本件調停は民事調停法に違反し、当事者が作成した契約書をそのまま鵜呑みして為されたのであるから法律上無効である。

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